おやすみピンクコート

架空の人物、ピーター・ピンクコートの日常を綴るブログです。

早速小説を書きました

「気に入らない男」

 

どうしても気に入らない男がいる。

俺はその男の顔も知らない。どんなやつかも知らない。

そいつの書いているネットの上の日記、ブログを読んでいる。

 

適当にダラダラ見ていた他のブログから、なぜかわからないけどたどり着いた。

そこで見た奴の文章は、支離滅裂、そして鬱っぽいけれども、確実に幼稚であり、そしてどこか余裕があるようだった。

 

奴の文章にはところどころ、「自分への誇り」が感じられる。

どこで働いていたのか、はっきりわからないけれどもその言葉の端々に、誇りである、誇りでしかない、しかし時折に強烈なまでの否定もする。

奴はかわいそうなほど、混乱している。

 

どこかわからない奴の日記を読んで、何かを感じるということなんて時間の無駄に違いないないのに。

俺はそいつが毎日ように更新する自己満足にあふれた駄文を、読んでいる。読んでしまっている。ああ、口惜しい。口惜しい。

 

そのブログのタイトルもよくわからない。

まったく意味がわからない。

途中からブログの趣旨が変わったとか、過去のログを読んでいたらわかったのだが、そんなところまで知ってしまった自分が愚かしい。

愚かしい。これでは奴と同じではないのか。

 

昨日、奴が書いた日記を読んで、腹わた、胃腸、顔、自分の全てが歪むような不快感を覚えてしまった。またやつのせいだ。本当に不快だ。

奴は自分を過信している。

それを気づいていない。

おれはこう思った「なんてかわいそうなやつなんだろう」

 

人を見下す、ということは強烈な優越を伴うものである。それは自尊心を満たしてくれる。奴は「自分の書いた文章で自尊心を満たされた」とか書いていやがった。

なんて呆れるやつなんだ。

 

奴にとって過去の体験、とてもとてもくだらないちっちぇえその体験が、まるでまるで「栄光」のように語られている。

あハッハッハ。俺は笑った。やつの文章で激しくこころが動いた動いてしまった。

手は震え始め、タバコを持つ指は震えて、灰皿に雪のように舞った。俺はそれを見つめて、決意した。

「奴の”栄光”とやらを否定してやる」

奴はバカだ。バカにはっきり直接に物事を伝えるひつようがあるんだ。

 

そしてバカにはわからせてやる。知らなくてもいいこと伝えてやろう。

やつはそれをみて、「しょっく」なんて思うはずだ。そうだ。そうだ。アハハハ。

俺はやつではない。俺は俺だ。

でも、俺は奴を支配下においている。あってもいないのに。今そうなっている。

 

そうだ、奴のブログにコメントをつけてやろう。

産まれて初めてのような、充足感に満たされる自分がいた。その自分の哀しさに涙すら流す間もなく、俺は文章をそこに打ち込んだ。

名前は書かなかった。

 

しょうもない栄光に捕らわれて、かわいそうな人ですね。

 

ENTERボタンをして、投稿された。

 

ざまあみろ。

 

俺の全ての欲望、ともいえない願望が叶った。

 

やつはこれを見てどう思うのだろか。自分がしょうもないことを誇らしく思っている恥をどう考えるのだろう。まさか、知るかそんなこと!アハハハ。

 

もしかしたら、奴がそれを読んでコメントをつけるのかもしれない。

数十分後、俺はあのブログを見た。

 

俺のコメントが消されていた!

そして奴のコメントもなかった。

 

そしてブログのコメントは「承認制」になっていた。

 

ほんとうにやつはバカだ。

バカだ。

バカだ。

気に入らない男だったら、気にしなくてもいいのに。

俺も、バカなんだ。

 

終わり

 

これは「実際にあったこと」です。ノンフィクションです。

うーんやっぱり自分はおもしろくないですが、こういうことをいちいち書くことにかんしては、やっぱり、結構面白いと思うのです!