読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おやすみピンクコート

架空の人物、ピーター・ピンクコートの日常を綴るブログです。

僕の人生で、本当に取り戻したいと思うものが、わかりました。

僕の人生で、本当に取り戻したいものが、わかりました。

 

僕は「自分の人生で一番大切な思い出」を会社のことだと思ってました。

しかし、そうではなかったと気づいたのです。

確かにあの時は、お金もあったし、充実していた。大切な仲間もできた。

 

こんなことを思い出しました。

その会社のサービスを通じて、高校時代の吹奏楽班の後輩と再開しました。

彼は双子の弟です。双子のもう一人も男です。

彼は東京で警察官になっていました。

すごく素晴らしい職業に就いて「本当に凄いね」というような、話をしました。

僕がそのサービスで働いている、ということは伝えました。

そうすると

「まえむきさん、今、音楽やっていないんですか?」

「うん。もう何もやってない」

「・・そうなんですね。まえむきさんが、音楽やっていないなんて、信じられないです」

 

その言葉は、僕の中でずっとずっと残っていました。

 

自分は、音楽を捨ててしまっていたのです。全くやっていなかった。バンド活動もやっていなかった。

彼の言葉だけ、ずっとずっと残っていて、また思い返しました。

 

僕の人生は、いつも音楽と共にありました。

ピアノから始まって、小中高と、吹奏楽部に入った。それも大きな出来事だった。

ピアノではない楽器をやることになった。楽譜 、色んな曲の譜面を読んで、勉強するようになった。

人と合わせる音楽というものが、これほど楽しいだなんて。初めてしりました。

 

そして、もうひとつ、大きなものがありました。

それは「合唱での伴奏」です。

中学1年生の時に「山の息吹」という曲の伴奏をしました。

www.youtube.com

その当時の自分にしては、難しいピアノ伴奏でした。もしかしたら、レッスンを中断していた時期かもしれません。レッスンに通うことも難しく、先生も定まらなかったためだと思います。

でも、自分は「弾けない」と思われたくなかったので、必死で練習したのを覚えています。頑張りました。だんだん弾けるようになって、凄く楽しかった。

合唱コンクール当日は、イントロだけで会場にざわめきが起こったのがわかりました。僕が、ピアノを弾けるということをみんな知らなかったからです。

 

コンクール終了後、バスの中では僕の話題で、もちきりだったような気もします。知らない人にまで「すごいね」と言われたのです。凄く嬉しかった。

 

その後は、「ピアノが弾ける男子」ということで、からかわれることもあったのですが、なくなり、自分の優位点となりました。

 

高校進学後、軽音楽部に一旦入って、すぐに吹奏楽部に転部しました。

やっぱりこれだ、と思いました。自分が得意だったところにいけば良いと気づいたのです。結果は、自分にとって、大切な思い出、音楽の思い出がたくさんたくさん出来ました。自分でスコアを書いてアレンジしたヒットメドレー、校歌、その他いろいろ。いろんな挑戦をしました。

クラスでは一時期友達がいなくて、お昼休みは音楽室のピアノを弾いてすごしていました。

 

短期大学進学後は、それまでにそばにいなかった「ピアノが弾ける人」との交流にて、また自分を高めることができました。あと、管楽器のソロの伴奏なんかもやったりして。楽しかった。音楽は楽しいです。音楽は、楽しい。

 

その後、バンドの生活が始まります。ある人物が新宿の楽器店に貼っていたメンバー募集の元に集められた人たちの出会いから、どんどん広がっていきました。僕がピアノを弾くことはなく、主にドラムと、キーボードにて、いろんなライブハウスに出ました。

今にしてみたら、夢のような生活です。毎週毎週、ライブの予定がありました。

そこで色んな人たちに出会った。そして、今でも仲の良い人たちとも出会えた。

 

自分がドラムを叩いて、キーボードを弾いて、トランペットを吹いて、ボーカルも一部担当したものが、CDになった。レコーディングを初めて体験した。

 

その後の人生の方が、傍から見たらよほど良かったと思われるかもしれません。

 

でも、それらは僕に何も残さなかった。

唯一よかったのが、働いていた会社の納会で、社員の前でピアノを弾いたことだけです。音楽でよかったのは。

もちろん、とても良い時間でした。幸せでした。

 

でも、そこにはもう帰れないし、帰るつもりもない。

僕が帰りたいのは、音楽を、何の見返りも期待しないでただただ音楽を楽しんでいたあの頃の自分です。

お金もぜんぜん無かった。明日も見えなかった。

それでも、楽しかった。他に代えられないものだった。

会社での経験もそれに値しますが、今の自分には、その頃、人と音楽を作っていた頃のほうが、眩しくみえるのです。

 

バンド」というかたちは、僕には無理なのかもしれません。

でも、僕には右手と左手と五本指があるのです。

他の人にはできない、僕だけの音楽がある。

それを通して、人と出会い、また高めあって、自分の人生を送りたい。

 

それがかなえられるのは、やはりここではない。

いつか、東京に帰ります。

 

明日は久々にグランドピアノを弾く日です。

ピアノを目の前にして、自分がどうなってしまうのかわからないです。

泣いてしまうかもしれません。

でも、誰も見ていない。音も聴こえない。

この部屋と同じなんだ、と思うと落ち着けます。

 

大事な過去のひとつを心の中で断ち切れた。精算が出来たと思っています。