おやすみピンクコート

架空の人物、ピーター・ピンクコートの日常を綴るブログです。

吹奏楽での学生指揮者体験

高校生になると「学生指揮者」という立場があり、近くの高校の吹奏楽部では、その人達が必ずいました。

僕の同じ学校の先輩で違う高校に行った金井勇先輩は、2年の時の演奏会で学生指揮者をやっていました。3年生が正規の学生指揮者で、2年はサブとしての就任だったようです。

「僕も指揮者になるんだろうなあ」と思っていました。

自惚れと言われても仕方ないですが、僕以外にやれそうな人がいなかったからです。

高校1年の時には3年生の、サックスのキレイな女性の方が学生指揮者でしたが、カリスマ性のある方で、すばらしくまとめていて、顧問が使えない爺だったので、頼りになる存在でした。

そして高校1年生、3年生が定期演奏会を引退した後に、パーカッションだった女性の2年生の人が、学生指揮者に就任しました。

が、その人は指揮が合わなかった、または指揮よりパーカッションをやりたかったのか、苦悩の末、部を止めてしまいました。

そこで、後をどうするか。2年生は人数が少なく、適役がいない、ということで僕が学生指揮者になることになりました。1年生なのに。3年まで学生指揮者。

 

中学でも、校歌を演奏する時に指揮をしたり、そういう経験があったのですが、やはり高校生となると、いろいろ違ってきます。しかも歳が上の人がたくさんいるのです。

「でも、やるしかない」と思って、思うようにやりました

 

変わったことといえば、スコアを与えられるようになったこと。スコアは中学生の時から音楽室に置いてあったものを見ていたので、1ページに何段もあるものを読むことは抵抗はありませんでした。

しかし、「どうやったらもっと良い演奏ができるのか」「その指示をするのか」というのはさっぱりわからず、結局最後までわからなかったです。あまり良い指揮者じゃなかったかもしれません。結構諍いというか、揉めてしまうことがありました。

ある日、全体練習を始めようとすると、みんなの様子が違います。僕の態度に関して文句あったようで、それを指摘されて、「じゃあ、退部します」と音楽室を出ていきました。指摘されたことは事実だけど、僕としては言い訳があったのです。

でも、もう辞めるんだ。泣きながら自転車を漕いで、家に返った記憶があります。あーなんか映画みたい。。。なんてねあアハハあ

 

そして、放課後もやはりやることがなく「マンガ部にでもはいろうかな」なんて考えていたら、サックスで後に副部長になる女性が教室にやってきて「やっぱり戻ってきてほしい。みんなそう言ってるから。」と説得してくれました。「ありがとう」といって、素直に戻りました。ちょっと照れくさかったけど、久々の指揮にみんなの演奏が、いつもと違って本気を感じたような、気がしたのです。これは今、書いていて「そういえばあの時の演奏はすごかった」と思い出しました。なんてことだ。泣きそうです。現実なのに、映画より泣けます。現実だから、泣けるんですよね。

 

そんなこんなで、新しく体験したことといえば、「自分でアレンジした曲を演奏したこと」です。中学時代でもあったのですが、あれは校歌のアレンジでした。

ちなみに高校でも校歌のアレンジをした記憶があります。

 

どんな曲をアレンジしたのかは、また次にします!

ここまで読んでくれてありがとうー

おやすみ間宮芳生さん(高校3年生の時に吹奏楽コンクールの課題曲で演奏した『ベリーを積んだらダンスにしよう』の作曲の方の名前です。名曲です!)