さようならピンクコート

架空の人物、ピーター・ピンクコートの日常を綴るブログです。

【コンサート】マウリツィオ・ポリーニ 2010/10/17 サントリーホールでの最高のクラシック体験

このブログに何かを書こうと思った。

良い思い出、クラシック音楽について、なにか良い思い出。良い思い出を人と共有したい。

今、良いことは今は何もないから。人生が停止してしまったから。

せめて過去の楽しいことを思い出して、思い出そうしたらこれしか浮かばなかった。

 

もう7年弱前になるコンサート。マウリツィオ・ポリーニのコンサート at サントリーホール。なぜこれ行こうと思ったそのきっかけはわからない。なんせチケットが高価だ。この日はA席2万円。僕にとっては高かった値段だ。その当時でも。しかしこのコンサートには行った。自分のお金で。チケットぴあでチケットを買った。

ポリーニを知ったのはショパンのプレリュードのCDを昔買って、よく聴いていたからだ。

 

ショパン:24の前奏曲

ショパン:24の前奏曲

 

 このジャケット。覚えてる。買った。そして聴いた。ショパンは好きだった。あまり弾けなかったけど。

この日のプログラムはその、ショパンのプレリュード全曲、ドビュッシーの6つの練習曲、そしてブーレーズソナタ第2番だった。ドビュッシーの練習曲のCDはとりあえず2002年に行ったミャンマーの旅行記で登場している。

maemuki.hateblo.jp

だからこれを見た後に買ったのかもしれない。そして、ブーレーズソナタも、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカより3章」目的で買ったCDに入っていた記憶があった。

ブーレーズソナタは、自分にとって許容範囲を超える「メチャクチャ」さだった。現代音楽に関して、結構耐久が強い方だと思う。中高の頃から三善晃、田村文生、その他で様々な音楽体験から、「現代音楽は僕は平気だ」なんて思っていた。

 

サントリーホールを訪れるたびに、なぜか切なくなる。そこは僕にとって「享楽の象徴」だからだ。もちろん演者によって公園の値段は大きく変わる。恐ろしく。ポリーニのA席2万円が高いのかどうか、他はもっと高い気がする。その後,ヴァレリーゲルギエフ、デニス・マツーエフマリインスキー劇場管弦楽団の演奏をサントリーホールに観に行った。その時は確かA席で2万だった。一人と演者の数が違う、交通費も宿泊費も段違いだ。

 

おもしろいのは、ポリーニの時の「A席」はサントリーホールの最後列、マリインスキーの時は最前列だった。なお、このコンサートの模様はプログラムの中のラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」についての文章とともに、後日談として私のブログに記載したので、御覧ください。

maemuki.hatenablog.com

 

当日、ポリーニがステージにあがってきた。客の熱い拍手に応じて椅子についた。少し頼りなげに見えて「大丈夫なのかな」と思いきや、やはりポリーニ。昔CDで聴いた人の演奏を聴いている。その事がとても嬉しかった。そういうことはあまりない経験だったから。本当に貴重だ。ポリーニショパン国際コンクール優勝。審査員全員一致の一位。レベルが違うんだ。天才なんだ。日本にはよく来てくれて、まだ健在だけど、人間いつ死ぬかわからない。武満徹も死んだ。そしてブーレーズも死んだ。ポリーニは生きている。

 

ドビュッシーの練習曲は「難しい曲だ」と思っていたが、意外と聴きやすく、技巧も見事。国のことはどうでもいいけれども、イタリア人のポリーニが、フランスのドビュッシーを見事に弾きこなす。国というのは面白い。絶対的なものを違う観点で見られるから。

 

そして、その後。ブーレーズピアノソナタ第2番」が始まった。

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第1楽章が始まった。薄い予習はしていたとはいえ、通常の頭では思いつかない、考えられない音列が次々と繰り出される。ゲームのよう。ゲームようだ。次と次と不規則にやってくる。除けられない。でもオーバーにはならない。やがて音は細かくなり、上下に広がり、強さを増す。

これが楽譜になっているなんて信じられない。作曲したのはピエール・ブーレーズだ。世界的には指揮者としての方が有名だ。そして弾くのはポリーニ。普通の人が見たら、「メチャクチャ弾いている」としか思えないのに。そこにある統一感に圧倒されて、脳が壊れそうだった。

緩徐楽章2楽章はまるで出口のないトンネルで、きらめく閃光の粒が耳を刺す。それが10分くらい続く。まるで眠れない夜に、眠ろうとする、でも眠れない。そんな時を見ているような、そんな気になる。実際に楽譜を見ると、音があり得ないくらいに短い間に移動している。これは2つの手で弾けるのか。

ストラヴィンスキーの「春の祭典」が初演された時、スコアを見た指揮者が「これは中国語か」と言ったという。この曲のスコアは中国語というより、古代の民族の象形文字のようだと感じた。

そして最終楽章。全てがまとまって、これまでの全てがまとまっている。そう感じた。それらはポリーニの手のひらで転がされ宙を待っているのかのような。

宙を浮く。そう感じた。音楽を聴いてきて初めての感覚。はあはあ、曲のスピードが上がる。そして音もアホみたいに大きくなる。ピアノが壊れた?まさかそんな。こんな音が出るのかピアノって。はあはあ。息の音がしないように、両手で口を抑える。どうしよう。おかしくなってる。

ぐるぐる何かが回っている。おかしくなっている。いや、なっていない。僕は楽しい。

楽しいんだ。これが芸術だ。よくわからないけど、凄く感動している!

 

この時の体験が今でも忘れられない。CDでポリーニの演奏を聴いても蘇ってくるけれども、それは「あの時」ではない。その瞬間が感じられたこと。それは何にも代え難い。

クールダウンのような終幕を終えて、ポリーニは演奏を終えて、立ち上がった。

もちろん割れんばかりの拍手。お約束のブラボーもあるが、正直、観客そして、僕も反応が薄かった。あまりの衝撃に我を忘れたかのようだった。しかし、徐々に徐々に歓声と拍手は大きくなり、そして会場のほぼ全員が立ち上がった。

素晴らしかったから。僕もやっと正に返った。ブラボー。ミラクルだ。ありがとう。ポリーニ。僕もスタンディングオベーションをした。もしかしたら生まれて始めてだったかもしれない。最後列だし、恥ずかしくない。だって、会場みんなスタンディングオベーションをしてたから。こんな前衛的な曲で観客が一体になるなんて。芸術ってすばらしい。感動した。

 

この後さらにアンコールで、ドビュッシー前奏曲集から「沈める寺」「西風の見たもの」をポリーニは弾いてくれた。

「西風の見たもの」は僕が試験で弾いた曲だ。難しいけど、良い曲だった。

ただ、さすがに疲れが出ているようだった。仕方がない。ここまでの濃いプログラム。誰でもヘトヘトになるだろう。「西風の見たもの」が終わった時、「これで終わりかな」と思った。しかし鳴り止まぬアンコールの声。せめてカーテンコールだけでも、と観客は思っていたのだろう。

 

そしてポリーニは出てきた。湧く拍手。そしてピアノの前に座った。

「弾いてくれるんだ」と思った。まさか弾いてくれるなんて、ありがたい。

と思った瞬間、Cの音。Cの低いオクターブの音、観客が「ハァっ」となった。

僕も思わず一瞬声を上げた。それはショパンの「バラード第1番」だった。

 

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 「バラード第1番」はショパンの中でも人気のある曲だ。僕も大大大好きな曲。

どこかで書いたけど、くらもちふさこの「いつもポケットにショパン」という漫画に出てきて、それ以来憧れの曲。

この曲はアンコールで演るには結構長い。7分半くらいある。普通は3分程度の曲を何回か演奏するのが定番。なのに、最後にこの曲。「ポリーニショパンのバラード第1番を弾く」というだけでサントリーホールが埋まるかもしれないのに。

正直、演奏はボロボロだったけど、それでもよかった。元から弾けない人がミスをしたわけではないのはわかっているから。「ミスは味」とごまかす某富士さんとは違う。

最後は会場はやはり拍手で包まれ、そこには「感謝」があったと思う。それはポリーニからも感じられた。

 

帰り道から家につくまでのこと、よく覚えていない。

その日、もうサントリーホールで頭を使い果たしたからだと思う。

でも、大事なところは全部覚えていた。今日まで。だから書いた。

かなり勢いで書いた。僕は音楽を聴くのが好きだけど音楽を聴いてそのことを書くのも好きだ。と、今日読んだ「小澤征爾さんと音楽について、話をする」という村上春樹著の本に書いてあった。 僕もそう思った。

 

このブログもそんな感じで更新していきます。

これからもよろしくお願いします。

 

おやすみ、プーランク