さようならピンクコート

架空の人物、ピーター・ピンクコートの日常を綴るブログです。

深層の祭

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心は深い。とても深いので今でも謎に満ちている。解明されていない。科学も化学も進化したけれど、人間の大事な部分はいろいろな部分が解析しきれていない。

人間なんてそんなものなのだ。愚かしい小さな生き物。

 

長く消えていた光が、また点こうとするかもしれない。

それを前にして、その事がまだ信じられない。

悪いことが自分に降り掛かってきたら、それは黙って享受するしかない。その後の楽しみといえば、それを享受する自分を解析して、それを諌めるための努力をすることだけ。

良いことが降り掛かってきたら、その時はそれを喜ぶことだろう。

しかし、「良いこと」の後にはまた「悪いこと」が待っている。

「悪いこと」のあとに「良いこと」がやってくることは、少ない。

そういうことを考えてしまう。

 

こころの深層にある自分が、本当は疎ましい。

なくても良いと思う。

「それ」ができないのであれば、滅んでしまうと思う。

しかし、できない。面倒くさい。

 

このままたんたんと受け入れていくしかない。

生きている限り、祭りは続く。頭が狂わない限り。

春になって、王達が戦いに出るに及んで

春になった。

昨日は良い天気で暖かった。

そして今日も良い天気で暖かい。

 

青空がとてもきれいだった。

今日もきれいなんだろう。

雲が少なくて、太陽がまぶしい。

その強いひざしは、残っていた雪さえも溶かしてしまうに違いない。

新しい芽吹きをもたらして、生命を繋ぐ源となるのだろう。

 

僕はその太陽の光を浴びた。

しかし、僕はこわくなった。

自分のこころが、太陽によって溶かされなかったことがわかってしまったから。

太陽がでて、春が来たら自分の心の中の氷が溶けて、無くなるのだろう。

そう思っていた。

 

そうではなかった。

強い日差しに目を向けると、あるものが目の中を泳ぎはじめる。

そんな目をもつ自分のこころが融けることなんてないのかもしれない。

 

今日も哀しい青空が、広がっている。

旅行先で見た美しい青空と変わらないはずなのに、なんでこんなに悲しいのだろう。

 

明日も暖かい天気になって、晴れて太陽が出ればいい。

僕もその方が、ほんとうは気がらく、気がらくになりたいから。

 

幸せの履歴書

「不幸の履歴書」というものがあるらしい。

自分に起こった不幸を年月で並べて、自分を振り返ろうみたいな感じだ。

いやな言葉だ。不幸の履歴書。

僕なんか、履歴書2枚くらいでも足りないかもしれない。

その履歴書は、殆どがここ1年で足りてしまうほどに多い。

 

幸せの履歴書を書くとしたらどうなるのだろう。

僕は「学生時代はうまくやっていた」と思い込んでいたが、実は高校1年生で山から今住んでいる街へでてきたのに、いきなり、うつになってしまった。

もちろん、病院などにはいっていない。

上田のボロいアパートで、紙にボールペンで線をぐちゃぐちゃに書いているところを、母と姉に見られた、というか見せて、心配された。

 

生まれてはじめての一人暮らしで、慣れないことばかりだったんだろう。

高校1年生で、一人暮らしなんて普通はありえないと思う。

でも、僕は寮に入ったりすることは嫌だったし学校は公立だったからそんなものはなかった。また「下宿」みたいな簡易アパートみたいなところに入るのも可能だったが、親が嫌がった。「あなたには無理でしょう」とも言われた。確かにそうだった。

 

アパートから一戸建てに引っ越して、吹奏楽部で指揮者として頑張り始めたくらいから、好転したと思う。その頃は幸せだった。

 

幸せって素晴らしい。

幸せになりたいな。

もう、どんな状態が幸せなのか、忘れてしまった。。

それほど遠い過去でもないのに、今では遠くて愛しいものになってしまった。

 

今の家の近くに高校1年と高校2年のときに吹奏楽部の定期演奏会で使った小さなホールがある。ほんとうに近く。図書館やコンビニに行く時にそこの前を通る。通らなきゃいけない。

指揮者として出演した、高校2年の演奏会。1年生と仲良くして、楽しかった。幸せだった。

今は、こんな状態で、そのホールを見つめてるなんて。

 

幸せの履歴書は今はかけそうにもない。

不幸の履歴書は、面白いものが書けてしまいそうだ。

 

人と話していない毎日なのに

新しい仕事、まだ来週からの予定なのに何時に何処かの連絡がない仕事ですが、いちおう決まったとして仕事は「話す仕事」なのです。お客様とお話する仕事。対面ではなく。ということ、なんとなくどんな仕事かわかると思います。

しかしながら、僕はもう何日も人と話していません。レンタルのGEOの店員さんと新規登録で話した、それは接客で話したとはいえませんよね。

ほんとうに、話していない。しかし、声は出しているのです。歩くとき自転車にのったときなど、だれも歩行者がいないときは、声を出して歌ったりするのです。たまに誰かがいて、少し笑われたりしますが、そんな時も僕はサッと去るだけ。当然です。普通は知らない人になんか話しかけない。それが普通。だから、誰も僕のことを知らないこの街にいるかぎり朝から晩まで、ひとりになっても仕方がないのです。

仕方がない仕方がない。自分が悪い自分が悪い

そんなことばかり考えてしまいます。やはりそうです。

僕は過去に戻りたいけど、それはできない。過去のドレイなのです。生きた化石

「過去から逃げても過去は追ってくる」という言葉が、昨日久々に観た映画「マグノリア」にありました。今の僕の心境は、まさにそれです。

辛いのは、その映画を観ていたその時の「過去」から逃げている自分がいるということです。つまり僕の心の中にある自分が出ている映画は「マグノリア」以上におかしい世界かもしれないのです。でも、僕を撮るカメラはどこにも回っていません。僕の周りには誰もいないから。誰も僕を見ていない。

 

街に出ても、みんな楽しそうです。

僕の行き場はどこにもない。けど歩かなくてはいけない。働くために。まともに歩けるようにみえるために。

いつかこの街から、出来る限り早く出られるように、努力したいのです。

それだけです。

ほんとにそれだけ。

お金のために、人間を変えたいです。無理そうですけれど。

最後に一言。シアワセなみなさんへ。僕より少しだけでもいいから不幸でいてください。

あたたかくなりました

長野は今日は暖かいです。

長い冬が終わったのです。長い野。なんて県名なんでしょう。まさに「名は体を表す」ということを実証しています。

今日、新しい朝ドラ「ひよっこ」が始まりました。主人公は山の中に住んでいて、高校までバスで片道40分かかるということが、図解で説明されていました。

かなり山奥の設定のようで、それが強調されているような絵面の風景に、やはり過去の自分を見ました。主人公は高校まで通学のバスで片道40分。うらやましいです。僕は小学校までバスで片道70分、中学校は片道90分くらいだったので、40分なんてうらやましいな。

なんて。。。

そして高校生の時は、今住んでいる上田市で一人暮らしを始めたのです。

そこから上田市内の高校に通うことは難しかった。行けるとこもあったけど、僕はそこに入りたくはなかった。僕は山の生活から脱したかった。だから、どうしても市内の高校に入る必要があったのです。なので、市内の高校の公立で一番入りやすいところを選んで受験して受かって入りました。当時は勉強することができなくなっていたので、成績は下がってしまっていました。ちなみに高校では成績は最低最悪、「音楽以外は全部最下位」という状況になってしまったのですが・・・

 

そういえば、「滑り止め」で私立の上田西高校も受験しました。結果はもちろん合格です。「吹奏楽部部長」という内申書の肩書が効いたのだと思います。それを面接でも聞かれたような気がします。「はい。私は確かに部長を勤めており、県大会で部史上何年ぶりかの金賞までみちびきました」みたいな事を言った記憶があります。自尊心の高さだけは当時からあったのです。

あったのですが。。

 

今は、平日の朝からこんなブログを上田で書いている。しかも高校の近く。

あーやっぱりうっつと思いますが、今日は暖かくて素晴らしい青空です。

やっとやっと冬が終わった。本当に長くて長くて長くて寒い寒い寒いくそ寒い寒すぎる冬が終わっていただいた!

 

僕は冬、寒いことが本当に苦手なのです。名古屋から長野に引っ越してから、そうなってしまった。

スキーなんて考えられないくらい嫌いになってしまった。姉と妹はスノーボードに活路を見出して、そこで結果も出して世界が広がったのに、僕はずっと家で「ガラスの仮面」や「美味しんぼ」を読んで、筋肉少女帯「元祖高木ブー伝説」を高木なのに聴いているような、変な男、踊るダメ人間になってしまった。

 

でも、冬はとりあえず終わったのです。

自動車免許を持たない僕にとって、冬は「長野である限り全て地獄」だったことは皆さんわかると思います。いや、わからないかもしれない。「観光の寒さ」がずっと続くのです。そこで生活することが、どんなにつらいことなのか。

 

前の家は、エアコンがなくて、灯油のストーブでした。

当然給油が必要となります。「油がまだあるのかないのか無かったら凍死するかもどうしようでも凍死はしなさそうだけど」とか思ってしまいます。泣く泣く、寒くてもストーブを消すこともありました。すると瞬間的に部屋が寒くなるのです。まさに冷凍庫><

そしてガスもなくて、湯沸かしはカセットボンベのコンロでした。カセットボンベの在庫がなくなっても、買いに行けないような山の中でした。ほんとうに「生きるか死ぬか」の毎日でした。

 

山ごもりをしたその結果、働くこともできず、無職期間は長くなり、そして、在宅勤務の仕事も落ちてしまった。

しかし、一応仕事ができそうなところへ、引っ越すことができた。

「◯◯が無い」と思っても、ありそうなところ(実は無いものがたくさんありましたが)に引っ越せた。

そして春が来たのです。

 

今日か明日か明後日かはわかりませんが、新しく決まったかもしれない仕事に関して連絡が来ると思います。すこし、雲行きが怪しくなったかもしれないので、覚悟はしています。

そこで働くことになると、長い通勤時間が課せられてします。でも長い無職期間がある僕を一応拾ってくれた。それだけでも満足なのです。

 

もし落ちたら「ヴィレッジヴァンガード」でアルバイトをするものいいかなと思うのですが、時給はくそ安くて、そしてそこのある場所では、絶望的な状況から、できれば働きたくないという哀しい理由もあったりします。

 

こういうめちゃくちゃな状況ですが、僕は追い込まれるたびに開き直っていくしかない状況だとは認識しています。

結局は生きるしかないのです。生きるか死ぬか、どちらを選択するか。

ふつう「生きる」一択だと思います。しかし、そんなことを考えてしまうまでに追い込まれていることは事実です。普通は考えないと思います。

 

深い深い心の傷はまだ瘉えていません。きっと。そうなんだろうなと思います。

しかし、傷のある人間は社会では受け入れられない。そういう社会だということをいままで散々味わってきた。だからこのブログもよくないのかもしれない。

 

しかし、僕は無名です。有名人ではない。

僕は、今、価値がないから、価値を下げるようなことでも書いても問題ないと思うのです。僕の本名で検索して、ここがでたとしても、問題ないのです。

そして、それで受け入れてくれなかったら、それでいい。それでいいんだ。

 

僕は本来、明るい性格だった、と思います。

人と仲良くできた、と思っています。

今はそばにだれもいないから、孤独感からこうなってしまったんだ。

はたらき始めれば、もとの自分に戻れる。たとえ最初は打ち解けられなくても、いずれは仲良くなれた。どこもだいたいそんな感じでした。フリーターの頃はとくにそうでした。お金のために、なんとか働くしかなかった。

 

お金のためだけに働くこと。働くこと自体に遠ざかってしまった自分には、素晴らしいことだと思うのです。とにかく普通に戻りたい。普通になりたい。

だからもしかしたらこのブログも辞めた方がいいのかもしれない。

 

でも、誰もみていないから。問題ないのかな。

わからない・・

とりあえず、昨日自転車での登頂をして断念した坂に今度は徒歩でアタックしてみます。。。はあ

今日は上がったり下がったり

上がったり下がったりすることは、精神が不安定なことなのかもしれませんが、上がることもあったということは、悪いことではないと思うのです。

いずれにしても、人生は続いていくのです。最悪の人生でも。東京から離されてから、全くいいことなくて、これ以上最悪なことはない気がします。しかしやはり、悪い予感がします。悪い予感は、だいたい本当になってします。そんな気がするのです。でも悪いことが起きることにも、もう慣れてしまった。そういう自分もどうかと思うのですが。

今日は運動不足解消のため、自転車で街を走りました。

かつて通学に使っていた道を通ったりしました。

高校生活3年を過ごしたところに帰ってきた。帰ってきたくなかったのに、帰ってきてしまった。

あの頃は吹奏楽を頑張っていた。音楽室にいつもいてピアノを弾いていた。

今は、その音楽室と部室を道から一人で眺めるだけ。僕のことをしっている人なんて、もちろんいないのです。

それでも、あの頃の僕の幻想がまだ見えるような気がします。僕のこころの中にはいます。自分だから当然なのですが。しかし、彼に僕を見せたくない。あの頃に描いていた自分とはかけはなれてしまったから。

彼に謝りたいのです。自分自身で、自分の思うような人生を歩むことができなかった。

それは当面変えられない。大事なものから遠ざかってしまった。

 

彼は山の中から、街にでて、開放感に満ちていたことでしょう。

くしくも、今、僕は同じ状況。同じ街なのです。

 

でも、もう僕はあの頃の自分とは違う。

ほんとうに違う。

いろんな意味で違う。

よいこと、わるいこと、いろいろ知ってしまった。

 

過去の自分を思い返してしまうようなところからは、早く離れたほうがいいと自分では思うのです。

でも、どこにいっても同じです。

自分は自分だから。過去の自分も自分だから。

まずは、それを認めないと・・・

 

おわり

「1」は一番さみしい数字

「1」とは、最も孤独な数。。あなたは、常にそうなのでしょう。

「2」とは、「1」と同じくらい、酷くなりうる。

それは、かつて「1」だったが故、、最もひどく淋しい数。

 

「いいえ」は、あなたが経験した中で、一番悲しいこと。

そう。。それは、あなたが経験した中で、一番悲しいことね。

なぜなら、「1」は、最も孤独な数で、あなたは、常にそうだから。

「1」は、あなたが知る、最も淋しい数なの。

 

あなたが去ってから、、もはや、何もよい事なんてない。

今、私は、ただただ、昨日の韻を踏んで過ごしているの。

 

なぜなら、「1」は、最も孤独な数で、あなたは、常にそうだから。

「1」は、あなたが知る、最も淋しい数。

「1」は、最も淋しい数なの。

「1」は、最も淋しい数なの。

「1」は、最も淋しい数なの。

「1」は、最も孤独な数なの。。あなたは、常にそう。。

 

「1」は、最も淋しい数。。「2」よりもっともっと酷いわ。

「1」は、2つに別けられた数なのね。

 

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山でひとりぼっちだった。

しかし、そんな中でもご近所の方とのおつきあいもあった。

そんなに大した付き合いではなかったけれど、やさしくしてくれた。

 

今ではそういう繋がりもなくなってしまった。

 

街にでられたのに。

街に出ると、みんなひとりではない。

僕は誰とも離さず、一人の家に帰る。

「1」とはもっともさみしい数字だ。

 

先がまだ見えない。

仕事のはなしはなくなるかもしれない。

その仕事に就くことは、事実上この街から離れることになる。

しかしその仕事以外に、自分ができそうな仕事はいまのところみつからない。

 

僕のあたまはやはりまだおかしいのかもしれない。

「1」という、ハンデを負ってしまったから。

それは社会的に、許されないことだと思うから。

 

「1」

「1」

僕の名前にも入っている数字だ。

なんでこんな名前をつけたんだろう。

 

「2」になることはない。

「2」になることは「1」よりもさみしいことになるかもしれないから。

 

夜が長い。

眠ることができないから。

なぜ眠れないのか。

もう、泣くこともない。

何もない。

 

ほんとうに、何もなくなってしまった。

捨てられたのではなく、捨ててしまったのだと。

 

僕は再び社会にでて、働くということができるという自信がない。

 

僕のあたまは、まだこわれたままなのかもしれない。

 

「1」はもっとも、寂しい数字。

「1」はもっとも、寂しい数字。

 

自分と対峙することが、こんなに苦しいなんて。

 

書いていたら、ちょっとスッキリしました。

ここは僕のサンドバッグです。

なにか、発散することを他に考えなくては。

もっとこわれてしまうから。

もっとこわれてしまいそうだから。